
| Day 7:6月3日(土) 「ダーなかさん、ダーなかさん!」社長に揺り起こされて目覚める。---うぅぅ、眠い・・。 目を擦りながら部屋を出ると薄暗い中、ライダー達は駐車場に出て準備をしている。フラフラとフロントへ降りていき、朝のコーヒーだ。一口飲むと目が覚めてきた。 レーススタートは午前6時。Bajaレースに出場する車両は事前エントリーだけでも314台。追加エントリーを含めるとさらに台数はさらに増える。順次出走してゆく訳だが、金沢監督の予測では我がチームのスタートはおそらく7時頃になるとのことだ。緊迫した空気が辺りを覆い尽くし、皆、黙々と動いている。 かつてレースに出ていたダーなかは少なからずライダーの心境が解るので余計な事は言わない。 午前5時40分。203x、204x、504xのゼッケンを背負ったエンジンに火が入る。昨日の穏やかな笑みは消え失せ、ライダーの目は鋭さを湛えている。 僅かな霧雨の中、全車スタート地点:コンベンションセンターへと向かって消えて行った。
メキシコ人はビールの飲み口にライムを搾り、そこに塩をふって飲むという。日本の“枡酒(ますざけ)”で塩を盛って飲むのと似ている。絞ったライムはそのまま缶の中に押し込んでしまうのだ。JOKERホテルのベランダで、504xライダーの福村さんに教わってダーなかも試してみたが(塩は無く、ライムだけだったが--)、これが結構美味いのだ。口に入る瞬間のライムの香りとビールの絶妙なハーモニーが楽しめる。読者の方々にもぜひこの“メキシコの味”をお奨めする。さて、ビール好きの余談はこれくらいに、一行はSantaCatarina(サンタカタリナ)まで車列を組んで走った。ここで204xサポートバンは砂漠地帯へとハンドルを切る。一方、504xピックアップトラックは更に先のサポートポイントを目指して直進して行った。国道からダートに入ると車は揺れ始める。そして程無く最初のサポートポイント(RM148.67)に到着した。時刻は7時45分。バイク到着まで数時間はある。
振り返ると今度は大きな無線アンテナが立ち、テントが設営されている。
「ヘリコプターが飛んでくるからすぐわかるよ」誰かがそう言っているのを耳にして、ダーなかはふとあるDVDを思い出した。それは、ホンダワークスのジョニー・キャンベル、スティーブ・ヘンジベルド、それに4輪のマリオ・アンドレッティ、マクミランファミリー、ゴードンファミリーらの実像を描いたドキュメンタリー映画『Dust to Glory』(ダスト トゥ グローリー)というものだ。 渡米前にバイカーズドリームの店内で見たのだが、凄い迫力でBaja好きにはたまらないDVDだろう。---もっとも当時のダーなかには“豚に真珠”であったが・・。 その映像にはレースカーを超低空でヘリコプターが追うシーンがある。間もなくその ついにヘリコプターが現れたのだ!砂漠の彼方にハエのように小さな黒い粒が蠢いている。それは肉眼でも見えた。慌ててカメラの準備をして待つ。デジカメのダイアルを「MOVIE」に合わした。 ヘリコプターは右に左に尾翼を振りながら低い上空を舞っている。次第にその影は大きくなってきた。そして地上には舞い立つ砂埃がはっきりと見えた。トップはやはり#1ジョニー・キャンベル車だろうか。
場は決して社長自らが願い出たものではない。もっともオーストラリアの砂漠を単身で走破したりシベリアの氷河をスノーモービルで横断するくらいなのだから若い頃なら何ら心配することもなく喜んで走っていただろう。だが、彼には今“守らなければならない”家族があるのだ。二人きりでいるときに社長はよくこう言っていた。「ダーなかさん、子供できると無茶できんのよ・・」と。 ハーレーのカスタムショップの高相社長とひょんなことから出逢ってからまだ1年余り。社長がどう思っているかは別にして、ダーなかは何十年も昔から遊んでいるような感覚なのだ。その社長が今じっと黙って座っている。---声を掛ける必要は何処にも無かった。そっと水を取って車外に出た。 外は灼熱の地獄だ。パラソルを持つ梅さんのところへ歩み寄る。「あ〜日陰って幸せ〜」である。目の前をバイクに混じってクアッドも走り抜けてゆく。 時刻は間もなく正午になろうとしている。 「そろそろだぞ」---金沢監督の指示でサポート隊は動き始める。高相社長も着替え始めた。 程無く、また青いバイクがやってきた。 「(今度こそ・・・)来たッ!間違いない!来ましたッ!!」 もうさっきの何倍も必死になってホーキを振り回した。気付いてくれ---そう願いつつ。 ブレーキで砂塵が一層大きくなり、204x及川さんは止まった。
難関Mike's Sky Rancho(マイクス山)を走り抜いてきたとは思えない元気な後ろ姿だった。
時計は既に午後3時を過ぎている。そろそろ来る頃かもしれない。 SantaCatarina(サンタカタリナ)のサポートではエアクリーナの交換のみであったが、此処ではタイヤ交換をしなければならない。重大な作業が待ち構えている。前後のタイヤそれぞれを梅さんと二人で分担して一気に交換してしまう予定だ。バイクは強化チューブに変更済みだが、焦ってタイヤレバーで傷付ければパンクの原因に繋がる。これまで数え切れないほどタイヤ交換をしてきたが失敗は絶対に許されない。油断慢心は禁物だ。既にピット作業に必要な物は外に出して準備は整っているのだが、再度チェックする。 ふと気付けばかなり体が熱を帯びている。この炎天下にいれば当然だが少し体を冷やそう。 「あと30分はかかるな」サポートバンの車内で金沢監督の言葉を聞く。 涼しいクーラーに思わず目を閉じて「あと30分か・・少し休めるなぁ」と思った瞬間だった。 「来た!来たぞ!!」---車内に声が響く。 跳ね起きて車から飛び出すと204x高相社長が停まったところだった。---あ〜無事だ。と安堵した。 早速エアクリーナを交換しピット作業に入る。 「このまま行く。大丈夫。」及川さんの声が聞こえた。チラッと見ると“山”は十分に残っていた。 流石、プロテックスポーツの石井さんが推奨するタイヤ(DUNLOP D739AT Desert)だけある。さらに高相社長はモトクロスでの所謂“引っ掻き回す”走りではなく、しっかりと地面にグリップさせて走るライディングなのだ。同じようにタイヤを替えてもダーなかの3倍は持つ。これは逆にダーなかが如何に無駄なアクセルワーク、下手なライディングであるかを暴露するようなものでもあるが---。 そして程無く及川さんはヘルメットを被り、灼熱の彼方へと消えて行った。 併し、メカニック斉藤はEnsenada(エンセナダ)のホテルで解体した事故車両から非常用にと数点の部品を持参してきていたのである。早速そのパーツで緊急手術が行われ、203x車は約30分ほどで復活。大室さんは再びバイクに跨った。Bajaの太陽はゆっくり西へと傾いていた。 さて、高相社長を乗せた204xサポート隊はTrinidad(トリニダット)を発った直後の狭いダート路で、続々と続く対向車に度々道を譲って停車した。そう、此らは四輪のサポート群だった。 ---及川さん、どうか無事で。心の中でそう呟いていた。 そして、一路OjosNegros(オーホスネグロス)へと北上した204xサポートバンは午後6時前に最後のサポートポイント(RM391.04)に到着。陽は日没の準備をしていた。 我が204x特製の蛍光段ボールをコース脇に設置し、サポート準備完了。此処では高相社長へのライダー交替だけである。 双眼鏡を覗いている梅さんが「四輪、四輪!めっちゃ速い!」と叫んだ。ついにダーなかもモンスターマ
併し、観客の熱気は冷める気配は全く無く、夕暮れのBajaの盛り上がりを見せている。 広大な荒野を背景にしたロケーション。コース脇に立ってビール片手に観戦する者、ピックアップトラックの荷台に立ち上がって双眼鏡で遠くを眺める者、キャンピングテーブルを出してBBQを楽しむ者等々、皆それぞれ思い思いにBajaを満喫している。---これがBajaの醍醐味だ。日本では到底味わえそうにない・・。 北海道の広い大地に陶酔し幾度も足を運んだダーなかであるが、此処は剰りにもスケールが違い過ぎるのである。世界を渡り歩いてきた梅さんや高相社長が“海外”に行きたがる気持ちが痛い程に解ってきた。(もっとも梅さんはBaja好きが為に移住までしてしまったのだが・・) 此迄、飛行機嫌いが為に渡航を避けていた自分の“愚かさ”を痛感する。 ダーなかはかつて経験したことのないこのムード、広大なロケーションに完全に陶酔し切っていた。 約5分、ピットまで歩いて戻ると高相社長は既に着替えて金沢監督と最後のミーティング中だ。 ---メキシコの太陽よ、今暫く、今暫くその姿を見せていてくれ。 午後7時14分。高相社長はヘルメットを被った。Baja最後の出走に際してカメラを向ける。 「何度かトロフィートラックやバギーに抜かれたけど、山側にへばり付いたりして必死で逃げたよ。
まもなく市街地、片側2車線になった辺りでようやく流れ始めた。梅さんのハンディGPSを頼りにゴール地点であるスタジアムを目指す。付近はBajaの余韻醒めやらぬといった状況で、大勢の人と車で混雑している。程無く球場近くに辿り着いたが通行止め。警察官が一般車両の立ち入りを制止している。 さぁ梅さん登場である。と思う間もなく車を降りて警官に何か話し掛けている。併し、Baja出場車のサポートだと証明できるものは何一つ無い。“金”を払う素振りもなさそうだ。暫くして梅さんが戻ってきた。 ---駄目か・・。一抹の不安が過ぎる。 「OK、OK!そこから入ってください」とハンドルを握る金沢監督に笑顔で告げる梅さん。 ---梅さん、ホンマそのバイタリティには心底敬服する。一体どんな“魔法”を使ったんだ? この頃、とっぷりと暮れた闇の中を203x大室さんは走っていた。四輪に抜かれる度に目の前は真っ白になり「ここはどこ?」の連続だ。ようやくOjosNegros(オーホスネグロス:RM391.04)に辿り着いたのは午後9時近くだった。最後のマシンチェックを行い、軽量化のためビッグライトは装着しなかった。 203xサポート隊(工藤さん、斉藤さん、加藤さん)に「次はホテルで」と誓い合って大室さんは闇の中へと吸い込まれていった。203xサポートバンも一路JOKERホテルを目指して発進した。 一方、安堵感の中、一人でフラフラとホテルの駐車場を彷徨っていたダーなかは504xチームの福村さんに肩を抱かれ、飲みに行こうと誘われる。そして、二人で昨夜梅さんと偵察したBARへ入った。早速ビールを注文し、教えてもらったライムを搾って乾杯する。美味い。 ---福村さん、本当に本当にお疲れさまでした。素晴らしい走りでした。心から敬服します。 闘い終えた福村さんはとてもいい顔をしていた。が、まだ闘い続けている“戦士”がいる。 その203x車は夕闇のOjosNegros(オーホスネグロス)の村落を過ぎ、山岳地帯へと進んでいた。暫くすると全くの闇に包まれてしまった。方向も何も判らない。 ---完全にミスコースをしている。30分程、闇夜を彷徨う。 民家を見つけた。住人にレースコースを教えてもらい、なんとか復帰。が、またミスコース・・。真っ暗な闇の中では小さなノーマルライトは豆電球のようなものなのだろう。後続の四輪でさえ間違ってしまうのだからミスコースをしない方が不思議なのかもしれない。1時間近くも大室さんは再三迷いながらその四輪と助け合ってオンコースに復帰する。リミットタイム“17時間”まであと僅か・・。 そんな闘いが繰り広げられているとは全く知らないダーなかと福村さんはBARであれこれ話し込んでいる。と、石田さんも店に入ってきた。カラオケをすると言って曲目を渡されたが何と書かれてあるのかさっぱり解らない。今度は梅さんが夕食に行くと呼びに来た。 「飯食ってきます。帰ってきたら話しましょう!いてくださいね!」と言い残し、204xライダーの高相社長と及川さん、そして梅村夫妻とダーなかの5人で市内のメキシコ料理店に向かった。その店も何処かで情報収集したらしく、ハンドルを握る梅さんの手には地図があった。---また昨日のフロントマンか? その頃、203x大室さんは闇夜の中を必死で走っていた。そして意識も朦朧とし始めた時、見慣れた林道に出た。ようやくEnsenada(エンセナダ)に戻ってきたのだ。16時間前に通過した河川敷を走り、スタジアムへ。そして午後11時11分7秒、203x車ゴール。 もう寝てるかな?---と思いつつも皆の待つJOKERホテルへと再びバイクに跨った。が、余程疲れていたのだろう。ホテルへの帰路でミスコース・・。結局、ホテルに到着したのは午前0時を過ぎていた。 彼の到着を心配して待っていた皆が駆け付け、無事を喜び、完走を祝福する。そして大室さんは感謝を込めてライダーの工藤さんとサポーターの斉藤さん、加藤さんにフィニッシャーバッチを渡した。 皆が解散した後、梅さんとダーなかは“予定通り”BARの階段を下っていた。薄暗い店内には結構多くのメキシコ人達が座っていた。早速またビールを注文し、改めてBajaでの再会に乾杯した。昔話に花を咲かせつつ、渡米してからの出来事などいろんなことを話した。 いろんな方向からチラチラと視線を感じる。なんだろうと思って聞いてみると、 「だってウチら“外人”だもん。気になってるんだよ。」と梅さんは言った。---確かに。 暫くするとカラオケが始まった。が、スペイン語は全然わからない。でも雰囲気は良かった。 暗がりに目が慣れてきた頃、聞き覚えのあるイントロが流れ、客の歓声が上がった。 カラオケのモニターに映し出されたのは『Hotel California』の文字だった。 「メキシコ人、この曲がホント好きなんだよ」と梅さんが説明してくれた。 ある女性客が歌い始めたのだが、英語がうまく発音できないらしい。 ---ヤバイ予感がする・・なんとなくこの先どうなるかが読めてきた・・。 その予想は見事に的中した。カウンターの女性店員がこちらを指差して何か言ったと同時に一斉に視線が注がれ、拍手が沸き起こる。そして徐にマイクを持って向かって来るではないか。---マジか?! チラッと見ると梅さん歌う気満々なのである。---やっぱり・・(笑) マイクを受け取り、流暢なEnglishで歌い始めるとまた歓声が上がり客は大喜びなのだ。そして歌い終わると一人の男性が話し掛けてきた。その男性は店の女性客4人ほどを連れて此処に出稼ぎに来ているそうだ。 彼を交えて3人で、Bajaレースの話、バイクの話などいろいろと話した。日本の話題になると、身内が東京に住んでいたと言う。ただ理由はともかく、あまり良い結末ではなかった。---寂しかったのだろう。 彼らが店を出た後もこの二人は延々と談笑し続けていた。ふと気付くと客の数がグッと減っている。 店員が精算シートを持ってやってきた。時計を見ると午前3時だ。そろそろ眠くなってきたから寝ようと店を出る。夜の空気がとても清々しい。メキシコの空気を思い切り吸い込んだ。 二人は一緒にホテルの階段を上がりながらもまだ話し続けている。 「ダーなかさん、明日、何時起き?」 「ん?わからへん。でもゆっくりするでしょ、たぶん・・。寝てたら起こして」 「了解。ほんじゃお休み」 「うん。お休み。ホンマ楽しかった。ありがとう!」と2階の25号室の前で分かれた。 そぉ〜っとドアを開けると高相社長の演奏会(いびき)は終わってしまっていた。 ダーなかはまたピンピンに張った布団に体を押し込んで目を閉じた。Bajaレースが無事に終わった安堵感と疲労感が一気に押し寄せてくるのを感じながら当に落ちるように眠りに就いた。 誰かに「守ってくれてありがとう」と心の中で呟きながら・・・。 |
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